本当は、誰だって自分の子を褒めたい『凸凹くんと習い事②』

子育て
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前回の『凸凹くんと習い事①』の続きです。


通級で息子の特性の説明をされるも、なかなか理解が追いつかずに苦手なことを習い事でやらせていた我が家。
ある出来事をきっかけにして、私は息子の苦手を受け入れ、得意を伸ばそうとシフトチェンジすることができました。
今回は、そのきっかけとなった出来事や、習い事の最後の昇格試験についての様子を書かせていただきます。

最初に、私の保育園時代の思い出ばなしをひとつ挟ませてください。

当時、同学年に女の子は6人いました。
年長のお遊戯会でのことです。
2つの演目をそれぞれ3人ずつに分かれて踊る事になりました。
「かすがの舞い姫」と「桜はながさ」というタイトルしか告げられないまま、どちらを踊るか皆んなで決めることになりました。
タイトルの響きから「かすがの舞い姫」に人気が集中しましたが、6人の中でもイケてる(と、私が当時感じていた 笑)、女の子らしさのある3人組の子達が踊ることに決まりました。

しかし後になって、「かすがの舞い姫」はなんとエジプトの姫だったことが判明し、
金色の装飾が下がったターバンぽい被り物にアラジンパンツという衣装と、ベリーダンス風な振り付けに不満の声があがっていました。
大人から見たら普通に可愛かったでしょうが、西洋のお姫様をイメージしていたからの落胆だったのでしょう。
一方の「桜はながさ」も縦縞の着物に日本舞踊風な振り付けでしたので、女子ウケする感じではなかったのですが、小道具の、お花が載った傘は可愛く見えたので、私は傘が嬉しくて得意げにお遊戯会で踊りました。


お遊戯会が終わってすぐに母親の元へ行き、どうだったかと訊ねると
「隣の子の踊りを見ながら踊ってたでしょ?!」
と、まるで予想もしていなかった言葉が出てきたのでびっくりしました。
「見てないよ!」
「うそだあ、見てたよ!」
というやりとりを何回かしましたが、信じてもらえなかったので諦めました(笑)
ショックや落胆は当時は感じませんでした。(もしかしたら、無自覚だっただけでショックは受けていたかのかもしれませんが)少なくともその時は「お母さん、ひどい!」とか「悲しい」という気持ちは全く感じませんでした
そんな事よりも、「隣の子なんて見てなかったのに、なぜか分かってもらえない」という、もどかしい気持ちと同時に「もしかしたら、無意識に見ちゃってたのかな?!」と、自分で自分が信じられなくなってきたという(笑) ただそれだけの思い出でした。

しばらく経って成長してから
「お母さんは、踊りを覚えていなく隣の子の真似をしていた私が恥ずかしかったのかな? 6人しかいなかったから、隣の子のお母さんも近くに座っていただろうし」と、母の気持ちを想像しました。

私は昔から美術や音楽が好きだったので、子供が生まれたら一緒に音楽や絵を愉しみたいな、そして将来はアートかデザインか、音楽に関われる職についてもらえたら嬉しいな〜と勝手に夢想していました。

ラズくんの幼稚園時代のグループでは、空手や体操、サッカークラブなどの運動系+スイミングに加えて、ピアノやお絵かき教室に通うお子さんも結構いました。他には英会話に通っていたお子さんも何人かいました。

私はお子さんをピアノに通わせているご家庭が、実は羨ましくて仕方がありませんでした。
夫に「意味がない」と大反対され音楽系の習い事は叶わなかったのです😢
もちろん、絵の教室にも大反対されましたが、幼稚園内でやっていた「お絵かき教室(園が終わってからの習い事)」のお試しにラズくんを連れて行ってみたところ、ラズくんが趣旨とは違う楽しみ方をしていて(ちょっと忘れましたが、絵の具で遊んだりとか)作品なんて眼中にナシだったので😅 通うのを諦めたという事もありました。

それから時が経ち、幼稚園グループにいたある男の子が、小1でギター教室に通い始めました。
そのお子さんとお母さんはロックや歌が大好きで、お母さんの熱意もありメキメキと上達していきました。
4、5年生くらいになると、ギターとボーカルに打ち込みで音を重ねて動画を作り、youtubeで公開するまでになりました。
低学年の頃はとても羨ましく眺めていたこのお子さんとお母さんなのですが、
毎年音楽会や地域のイベントで演奏する姿を見ているうちに、しだいに深い感動をおぼえるようになっていきました。

好きなこと、得意なことに本気で打ち込むと、こんな伸び方をするものなのか!

自分はラズくんの苦手なことばかりをさせていて、貴重な時間を無駄にさせしてしまったのかもしれないと、このお友達の演奏で初めて気がつくことができました。
目をみはるような彼の成長ぶりには、それほどに心動かされるものがあったのです。

ラズくんは不器用なので、例えば楽器の演奏や、絵や物造りにしても上手にこなせそうには到底思えませんでした。水泳や武道も同じです。得意になるほどの上達なんて、親の私もはなから望んでいませんでしたし……。

残念で仕方がありませんでしたが、ラズくんの得意なことは、私の期待する方向とはまるで違うところにあるのだと、やっと受け容れることができました。

こうした経験を経て、エンジニアの職につくことを視野に入れながらラズくんの将来を考えるようになりました。
ちょうど、過去記事「希望の星」のあたりの時期のことです。


小学校で授業中ぼーっとしてばかりいたラズくん。日能研で先生に訊ねると「授業はちゃんと聴くことができている」と教えてもらいました。
(今となっては笑い話ですが、日能研の成績順の席割りシステムを知らず、初日に、集中して授業を受けられないので、前の方の席にしてもらえないかとお願いしにいって恥ずかしい思いをしました😅)

算数の先生からは「ノートにたくさん考えを書きながら解いている。こういう書き方ができるのは、良いと思いますよ」と汚文字で埋めつくされたノートを指して言っていただきました。

途中で入ったばかりのA3クラスで、クラス内成績優秀者のノートを貰ってきた時「勉強が好きではないラズくんだけれど、彼が戦えるのはこの場所しかないのかもしれない」と感じました。

私はあまり植物のお世話が得意ではなく、我が家で育てている植物には、うまく日に当たれなかったり、剪定の仕方がわからず適当に切ったせいで不恰好になってしまった木もあります……。
不恰好ながらしっかりと脇芽を出して伸びていく姿を
「もっとこのへんから枝を出してくれたらいい感じなのに。でもまあこれもこれで、味だよなあ」
なんてボンヤリ眺めていたら、ふとラズくんの姿が重なりました。

「ここが育ってくれたらなあ」っていう所は頑固なまでにピクリとも動かず、その陰で意外な場所から人知れず芽を出している。
ヒョロッとしているのは、そこに日が当たるように植木を動かしてあげていないからだ。

通級の先生が引いた、途切れ途切れの細い線を思い出しました。

私って、今までタネが埋まっていない場所に、せっせと水をやっては嘆いたり怒ったりしてたんだなぁ……

通級に通っているあいだは、様々な保護者の方と接する機会がありました。
そんな中で、今でも記憶に残っている二人のお母さんの言葉があります。

一人は、ペアレントトレーニングのような講習会に参加したとき、
「自分の子供の良いところを見つけて褒めよう」という取り組みの最中でのことだったと思います。
あるお母さんが手を挙げて言いました。

うちの子には褒めるところがないのですが……どうしたらいいでしょうか?

自虐的なとか、子供を責めるような口調ではなく
「本当に、何もないのですが……」と、「ポカーン」というか、茫然とそう仰られていたのが印象的でした。

そしてもう一人は、通級でのグループワークで同席していたあるお母さんです。カメラの映像をみながら不満そうに零しました。

「どうして片付けまでさせないのだろう?
やるなら最後の片付けまでさせればいいのに」

グループではボールやコーンなどの道具を使ったゲームも行います。
時間の関係もあるのか、または授業のメインテーマではないからか、意図はわかりませんが確かにゲームが終わったら道具はそのままの状態で、すぐに終わりの会に入る子供たちを見ていて感じたことのようでした。
グループワーク中、親の間では前向きな発言が多い中、こちらも印象に残った言葉でした。

通級で判明したラズくんの特性のことは、習い事の武道の先生にはすぐにお伝えしました。
前回の記事に書いた「全く演武ができなくて、私がラズくんを怒ってしまった2年生の昇格試験」の半年後くらい、3年生の春くらいの事だったと思います。

武道ではラズくんが先生に怒られることは無かったですし、配慮してほしいという考えはなかったのですが、「集中して説明を聞いていられない、動作をなかなか覚えられない」のは、この先努力してもあまり改善しないらしい、ということを、先生にも知っておいてもらいたい気持ちはありました。

「えっ、覚えられないんじゃあ、我々はどうしたらいいですか?」

先生は面食らったように言いました。
私が、こちらでそれなりに努力してみるということと、家で復習したいので、練習の様子を動画で撮影してもいいかと訊ねると、快く受け入れてくれました。

それからというもの、練習を見学し型の名称をメモしたり、動画を撮ったり、私の無駄なド根性がまた出てきてしまいました(-_-;)

そして台風であろうが大雪であろうが、ラズくんが病気の日を除いては休まずに練習に通いました。
急に大雪が降った日などは我が家をおいて誰も来ておらず、
「今日は他の子は休みかなあ?」と呟いた先生の言葉に、えっ、みんな連絡もなく当たり前のように来ないものなの?! と、驚きました。

“普通”との温度差を突きつけられるのは、こういう時です……。
雪の降る中、びしょ濡れになってまで40分くらいかけ歩いてやってきた私たち親子が異様であることに、我に返ったように気がつきます。
濡れた衣類を干させてもらいながら、来なければよかったと後悔しました😥

武道の習い事も、水泳と同じく3年の終わりには辞めましたが、その前の3年の秋に4回目の昇格試験がありました。
あれから自宅で練習はしていましたが、技の名称が私もちょっと聞き取れなくて曖昧なものがあったり(^^; 自信がなさそうなラズくんの動きは相変わらずでした。

ところが、演武が始まってすぐに、配慮をしていただいていることに気がつきました。
ペアになったお子さんは、ラズくんと同じ色の帯を締めていましたが、まだ年長さんか一年生くらいに見え、このペアだけは複雑な動きのない演武にしてくださっていたのです。
ラズくんたちの演武は、他のお子さんたちと比べると簡単なものでしたが、ちゃんと演じきれていました

普通にできてる!

そうそう、この「できてる」という感じ!

ピースがカチッと嵌ったような、急にピントが合ったような、なんともいえない気持ちで胸がいっぱいになりました。
演武を終えて戻ってきたラズくんを迎えながら、私は絶賛しました。

「良くできてたじゃん!上手だったよ!」
パッと笑顔になったラズくんに、私も内側から満たされてゆくのを感じました。

昇格試験が終わって道場を出る前に、先生に配慮してくださったことへのお礼をお伝えしました。

「初めて心から良くできたねって褒めることができました! 本当にありがとうございました!」

思わず口をついて出た自分の言葉に、私はハタと気がつきました。
私は褒めたかったんだ、ラズくんを
すごく上手じゃなくても、他の子より出来ていなくても全然良かったのに、どうしても褒めてあげることができなかった。あまりにもできていなすぎて(笑)
苛立ちながらもそのことが悲しかったし、ラズくんを傷つけながら私自身も傷ついていたのだ。

ふと、過去に出会ったお母さんがたの言葉が蘇りました。
きっとあのお母さんたちも、みんな私と同じように、本音では褒めたかったのだ。
茫然と「褒めるところがない」と言い放ったお母さんも、通級で不満を零していたお母さんも、そして私の母も。

長くなりましたが、「凸凹特性に反した習い事をさせてしまった」ことで起きたことと、感じたことをまとめさせていただきました。

最後の昇格試験の「カチっとハマったような感じがした。ピントがぱっと合ったような気がした」という感覚ですが、何だったのだろうとずっと考えていたのですが、

おそらく、ラズくんの出来ない(凹の部分)の発達段階に釣り合った課題を与えてくださったことにより、「それをしている姿が違和感なく自然に見えた」のかな、と気がつきました。
通級を卒業するときに、「3歳下だと思って接してください」と言われた言葉を思い出しました。
ペアを組んでいたお子さんは、ちょうどそのくらい歳下でしたので。


最後になりますが、もう一回過去に戻ってやり直すことができたとしたら……
全然上達はしませんでしたが、通っていた武道には、やはり通わせたいなーと感じます。

受け身を取る練習で、でんぐり返しや尻餅をついた反動で立ち上がる練習などの、マット運動をしてくれましたし、体幹やバランス感覚も養えそうでしたので。
そして何よりも、流しそうめんやバーベキュー、花火ができる夏合宿や餅つき大会、お寺での座禅体験など、多くのお兄さんお姉さんたちに混ざって沢山のイベントに参加でき、息子は今でも「楽しかった」と言っているからです😊
こうした大勢でのイベントは、家庭ではさせてあげられない経験ですので、本当に通って良かったと思っています。
もちろん、この武道教室が子供の心身の成長に重きをおいた、理解ある教室だったからこそですが。

水泳も息子は楽しそうでしたので、良かったのですが……3年間月謝を払っていたのが勿体なくは思えました、ずっと水慣れコースから上がれなかった我が家に限ってはですけれど😅
公共のプールなどに私が連れていってあげればよかったな、と思います。そして書道は自分が習えばよかったです(笑)

マイペースな我が子を時間通りに決められた場所に連れて行き、あまり向かない習い事をさせるのは親も子も辛いので、
親子で、子供が作りたい工作に没頭したり、わくわくするような遊具や自然のある公園に散歩にいって体を動かしたりした方が、我が家の場合は良かったなと思います。

特に中学受験塾が始まると勉強で忙殺されてしまうので、貴重な息子の自由な時間を、あまり伸びないことに費やしてしまったこと。
「ほんとにもったいなかったなぁ〜」とつくづく思います。
笑顔でいられる時間を、満足感を、もっとたくさんたくさん与えられたはずなのに。
私が今でも大きく後悔していることです。


今回は、発達凸凹のある息子がいる我が家ならではの、大迷走した習い事について書かせていただきました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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