中学受験のママ友関係に疲れたら。メンタル豆腐な私が中受親をやって気づいたこと『孤独に歩め、林の中の象のように』

中学受験
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昨年したためました「志望校への思いは、恋に似ている」に続き、中受親の痛いメンタル第2弾として書かせていただきます。

もうすぐ天王山ともいわれる夏休みがやってきます。
小学校による時間の縛りがなくなり、自分のペースで必要な学習に力を注げるボーナスタイム。
潤沢な時間を思うように使えるという点では、2020年のコロナ禍における「休校期間」も共通したものがありました。
受験が終わってから2〜3年の間は、夏の季節がくるたびに、小さな棘のように胸に残る受験ママ友さんたちとの思い出が、当時の空気感とともに蘇ってきたものでした。

お話は小学校5年生の春に遡ります。
当時の私の職場では、お子さんを中学受験させているママさんが多くいました。
そのうちのお一人に「えっ、そんなにママ友と仲良くしてるの?」と驚かれたことがありました。男の子の親だとまた違うのかな〜?とも。

私とあなたは子供の性別も、そもそも学年も違うからこうして情報を教えてあげようという気になるけど……。今の時期はまだ良くても、学年が上がるほど受験ママ友って関係を保つのが難しくなってくるよ

真剣な面持ちでそう言ったあと「……私の経験からはね。人それぞれかもしれないけど」と、フォローするように付け加えた様子を、私は「女の子同士はそんなに気を使うものなのかな?」とか「多分、自分には当てはまらないだろうな」なんて他人事のように見ていました。
受験ママ友も普通のママ友も、中の人同じだし何が違うの? と。

私の受験ママ友さんたちとのおつきあいは、ランチやお互いの家に子連れで遊びに行くママ友付き合いから、受験のイベントや学校説明会に連れ立って行く形へと移行しただけでした。
ママ友さんはどんくさく世情に疎い私に多くの貴重な情報をもたらしてくれましたし、険しい道のりを慰め励まし合い、笑い合いながら共に歩んでくれる同士として大変有難い存在でもありました。
しかし忠告通り、そうした心地よさの裏に潜む危うさにも、その後、直面していくことになるのです。

言った側にそのつもりがなくても、相手(自分)のおかれた状況によっては、受け止め方が180度変わってしまうことがあります。
どのご家庭も張りつめた思いや悩みを抱え、必死に我が子を支えている中学受験においてはなおのこと。
私の場合ですと、緊急事態宣言があけて初めての会場模試の待ち時間、
たまたま同じ会場になったママ友さんに声をかけられ、カフェに入った時のことです。
「息子のモチベーションが下がっていて、勉強をやりたがらない」
という悩みを打ち明けられたことがありました。
その時の相手の受け取り方でびっくりしてしまったことがありました。

日能研では、対面授業や外部会場模試が再開した後も、しばらくの間、リモートでの受講や自宅受験も可能だったため、テスト結果によるクラスの昇降は無くなったままでした。
2020年度の入試後すぐに緊急事態宣言が発出されたため、ラズくんの通っていた教室の2021年組は、新6年生にあがった頃からその年の冬まで、クラス替えなしで過ごすことになったのです

もともと、日能研においては6年の秋からは、本人のモチベーションに響くためクラス替え(クラス落ち?)がなくなるという噂も聞いたことはありましたが……。
このような状況が続くと、クラスアップや偏差値アップをモチベーションとしているお子さんは、張り合いを失くすだろうなぁと懸念していました。
そして私自身も、「模試で出てきた偏差値は正確な数値ではないかもしれない」と、結果をあまり真に受けないようにしていました。

正確な偏差値が分からない。
模試やクラス替えの緊張感がなくなり、子供達は張り合いを失くすだろう。
と、コロナ禍の影響を以前から気にしていた私は、周囲の親御さんたちも、当然同じ気持ちでいるだろうと思い込んでいたのです

そんな時に「子供がやる気をなくしている」と悩みを打ち明けられたのですから、
頑張って勉強してもクラス上がらないと、やる気無くなるよね
という私の反応は、自然と口をついて出たものでした。
ところが相手のママ友さんはちょっと視線を落としてこう言ったのです。

そうなの、うちの子あれからずっとクラス上がらなくて……

その一言で、自分の言葉がどう捉えられたのか、瞬時に気づいた私は焦りました。

そのお子さんとラズくんは4年生の入塾したての頃に同じクラスでしたが、現在はそのお子さんがどのクラスにいるのかすら私は知りませんでしたし、ーーというよりも何よりもそれ以前に、
いくらなんでもそんな酷いこと言わないよ
と、心外な気持ちでいっぱいにもなりましたが、一方で、確かにそうも捉えられかねないわ!という事実に衝撃も受けました。
「そうじゃなくて、今はコロナのせいでクラス替えがないから……」
と、慌てて苦しい訂正を入れながら、失言を深く悔いました。

また、一度はM2クラスをと、往生際悪く野心を持ち続けていた私からすると、クラス替えが無いなんて本当に一大事だったけれど
もしかしたらママ友さんは、クラスの昇降にはさほど関心がなく、ひょっとしたらクラス替えが無くなったことすら知らなかったのかもしれない。
よく考えたら6年の夏を過ぎてもクラス替えに固執していた私の方こそ、普通の感覚ではありませんでした😅


ちなみに、ママ友さんの本題は「どうしても受講させたい冠日特があるけれど、現状の成績では厳しそうだ」という相談(?)だったようで、
そこまで強い思いのある志望校ならば、もし受講できなくてもチャレンジするとしたらどんな対策が必要か、塾に相談したらどうかと伝えてみました。

そして、会話の端々から、我が家が希望している日特をすごく知りたそうなのを感じました。
相手のお子さんの志望校を聞いてしまった以上、全くの秘密にするのも気まずく感じ……苦し紛れに希望している日特の実施校舎の最寄り駅を会話にさりげなく入れてみました。あとで調べよう、って納得してくれるかなと思ったので💦

「ああ、あそこね!わかった」
ところが、その情報一つで察するに余りあるという風に、ママ友さんは目を細めてウンウン、と頷いてみせました。
我が子の日特以外に関心が無かった私は、すごっ!と、彼女のアンテナ感度と記憶力に驚きましたが、、ていうかそっち?!……そりゃあクラス替えがあろうがなかろうが、そんなこと関心ないか😅と、当たり前な事ではありますが、
他人は自分とは全く違うことを気にしたり、考えているものなのだな」と、
こういう出来事がある度に、ことあるごとに気づかされていたはずですが、この日また改めてハッとさせられました。

お店を出る頃には「なんかスッキリしたー」と、明るい表情になったママ友さんに、このお茶のひとときが嫌な時間にならずに済んだのなら、それはそれでよかったな、と胸を撫で下ろしました。

しかしこうした「恐怖のすれ違い事件」は、私が逆の立場で起きたこともあったのです。

私はSNSをうまく使いこなせないため、ほとんど見ていませんでした。
SNSを見ていると落ち込むとか、マウントの取り合いもあると聞いたことがありますが、私は幸いそういったやり取りを直接目撃することはありませんでした。
けれどリアルなママ友さんたちとのやり取りやメッセージでは、神経をすり減らすことが少なくありませんでした。

「ラズくん調子どう? うちの子、次のテストで絶対いい点取ってクラス上がるんだって張り切ってるよ。昨日なんて11時まで頑張ってたよ!」
こんな感じのメッセージを受け取ることはよくありました。
「○くん偉いな! うちの子はやる気とか全然見えないタイプだから、ほんと羨ましいよ!」
なんて返していましたが、ある時、そのやり取りが終わらず、ずっと続いた夜がありました。
そのママ友さんは中受経験者である旦那さんと一丸となり、熱心に伴走されているようでした。

「うちは夫婦で手分けしてやってるけど、一人で全て見るのは大変だから夫も見てくれて助かってるわ。今日も疲れてそうだったのに算数だけは見るっていうからすごいと思った笑」とか、
「△さん受験辞めたいって言ってるらしいね。親の方が熱くなるとそうなるよね〜」
「まあ、うちの子はA中っていうブレない目標があるから辞めたいなんて一度も言ったことないけどね」
とか、そういうメールが途切れることなく次々と送られて来ました。

私はラズくんを塾に送っていった後で外にいたのですが、一度始めてしまったこのやり取り、どうしたら終わるのかと軽く途方にくれてしまいました。

ーーとりあえず、いっぱい褒めてみようか。

きっと認めてもらいたいからこんなメールを送ってきているのだろうから、と、

すごいね!偉いな〜頑張ってるね!旦那さんが教えてくれるのほんと羨ましいよ〜などと褒め倒していたところ(ちょっと不自然な位だったかもですが^^;)、ほどなくしてやり取りが終わりました。
とても疲れました。
このあと自宅に帰って夕飯の続きを作り、時間になったらラズくんををまた迎えに行かなければなりません。
自転車でのつき添いが堪えてくる初冬の夜、誰にありがたがられることもありません。
そのママ友さんのご家庭と違って、我が家の舵取り(夫)は、私に丸投げした後まるで他人事のようでしたので(笑)

当時のラズくんは、Mクラスに上がってから2ヶ月ほど経っていました。
Aクラスの算数では「計算と漢字」という冊子にある計算問題が毎日の宿題だったところ、「計算と一行題」という、既習単元の一行題がランダムに出てくる小問集に変わりました。
なかには、過去のテキストを振り返っても類似問題を見つけられないような応用問題も混ざっていて、日々解けない問題が溜まっていきました。

日能研側の「解けない問題は質問に来させたい」という意図のために解説は掲載されていないため、私は空いた時間で解法をネットで検索し、なんとか見つけ出せた問題は解かせていましたが、
どうしても解き方が見つからない問題は空欄のままで提出していました。
こんなことではいけないと思うのですが、当時のラズくんは、分からない問題をどうしても質問しに行くことができませんでした。

こうした日々のストレスが重なったからか、5年生の秋頃から私は喉に異変を感じるようになっていました。内視鏡検査の結果、逆流性のようなものだろうとのことでしたが、おそらくヒステリー球だったのではないかと思います。
喉の奥に常に異物が詰まっているような違和感は、受験が終わっても1年以上残りました。

メールの後、駐輪場に向かって夜道を急ぎながら、私はモヤモヤと黒い感情が渦まくのを感じていました。
中受の経験もなく知識も浅い自分が毎日せせこましくこなしているサポートの一切が、急に無意味で本質を外した努力のように思えてきて無力感に包まれました。

そのママ友さんのお子さんのように、ラズくんは「目に見えてやる気が漲るタイプではない」ということも、夫が協力的ではないことも、解けずにそのままになってしまう算数の問題があることも、普段の私との会話からその方は知っているはずでした。

どういう気持ちであんなメールを送ってきたのだろうか。
いつまでも我が家がボンヤリしていそうだから、周りはこれだけやってるよって気づかせようとしたとか?

でも、そんなラズくんだけどラズくんなりに頑張ってるんだよ!
ヘタレなサポートに見えるだろうけど、頑張ってるねって私だって誰かに認めてもらいたいよ!

それに、ママ友さんのご主人のような、経験があって算数を理解できている人に勉強を見てもらえたら、どんなに気が楽だろうか。
そこまで思ったところで急に不安がこみ上げてきて私は歩みを止めました。
苦手な算数を親に見てもらえない分、ラズくんは他の子より不利なのかもしれない……

Mクラスに上がれてあんなにホッとしていた夏休み前の自分が、まるで幻だったかのように遠く思い出されました。
その先に、よもやこんな苦悩や不安が待ち受けていようとは。

こんなんでこの先、Mクラスでどうにもならなくなったらどうしよう😱

ーーなんて不安から始まって、
挙げ句の果てには「車で送り迎えできていいな〜!」とか全然関係ないことまで(笑) 
そのママ友さんのご家庭にあって我が家にはない、あらゆることを探し出しては比べてしまう感情が止まらなくなりました。
とにかく根拠なき不公平感でいっぱいになり(笑)
その日ばかりは帰り道、ブツブツと独り言をこぼしながら夜道で自転車を漕ぐ怪しいおばさんになってしまいました。

それからしばらくして、そのママ友さんと直接お話しする機会がありました。

社交的なその方は話題が豊富で、普段はお話ししていてとても楽しい方です。
色々な話が飛び出した中で、偶然出た話から、あの夜の止まらないメールの真相を知ることになったのです。

「この前の授業参観の帰り道でたまたま一緒になった◻︎さんに、こんなこと言われて、私すごく焦って不安になっちゃった……」

いつも自信に溢れているように見えるそのママ友さんの、めずらしく気弱な発言でした。
その◻︎さんという、小学校も塾の校舎も同じママ友さんに、精神的に追い詰められるような事を言われたのだそうです。
そして、私があの止まらないメールをもらった夜は、授業参観のあった、まさにその日の晩でした

 セーーーフ!

あの夜、メールを無視したり対抗心を燃やしたりと、文面に不快感を滲ませなかった自分に胸の内で叫びました。
心からの言葉では無かったとしても、たくさん褒めて正解だったとも思いました。

あのメールは、きっと不安でいっぱいな辛い気持ちをかき消すための、彼女の心の叫びだったのだと思います。
「うちは大丈夫! だって夫婦で一生懸命支えているし子供は志望校一筋で毎日夜遅くまで頑張ってるし、そうだよね?!」って。

大切な我が子がたったの12歳で挑む中学受験。
少し検索するだけで、第一志望に合格できるのは3割だとか2割だとか、厳しい現実が数字となってつきつけられます。
「親が9割」なんて言葉のフレーズだけが一人歩きをし、多大な時間と労力とお金を注ぎ込んだ末に身もふたもない一言で総括されてしまうのも中学受験。
どんなに自信たっぷりに見えても、マウントをとってきたとしても、不安に苛まれることのない親なんて、いるはずがなかったのです。

自分のことで頭がいっぱいだったあの夜の私は、すっかり被害者意識に囚われていました。そしてきっとママ友さんも心の傷の修復でいっぱいだったのでしょう。
そこに端を発し、私がもし、夫のサポート不足やヤル気のみられないラズくんに不満を爆発させたとしたら――。完全なる悪循環「百害あって一利なし」です

ちなみにですが、◻︎さんのお子さんは、学年の誰もが認めるすこぶる優秀なお子さんでした。
◻︎さんとも受験が終わってからお話しする機会がありましたが、やはり相当なストレスだったようで、お母さんは受験後10日間寝込んでしまったのだそうです。
第一志望の合格の文字を見るまでは、不安に呑まれて併願校がボロボロだったとも話されていました。
私も含め、◻︎さんなら当然取れた第一志望校の合格だと、周囲は思ったことでしょうけれど。

どんなに優秀な子の親御さんでも「そこまで苦労しなかった」なんていう人を私は実際には知りません。
みんな同じように必死だったのだな。
そして不安を煽られるほどに人は消費行動に走るそう。
「課金ゲーム」なんて揶揄される中学受験業界は、マウント連鎖が広まりやすい立てつけになっているのかも……。
そう心得ておくだけでも、一歩引いて気持ちを冷静に保てるはずです。

お受験やママ友を題材とした漫画やドラマではありがちな、親同士の攻防戦。
ラズくんが通っていた日能研の教室内でも、実際のところ、競い合っているママさん達がいるにはいました。お子さん同士は仲が良かったですが。
私はその方達とは挨拶を交わす程度の仲で深い付き合いはなかったため、エンカウントせずに済みました(?)が、バトルの噂が耳に入るたびに、その方達の影がずっとチラついて、気になってしまっていました。

さらに高学年になると、ママ友さん達やPTAの絡みから、志望校はもちろん偏差値やら塾内で起きた出来事やら得意・苦手教科まで(笑)様々なお子さんの噂が耳に入ってくるようになりました。
同じ幼稚園出身で別の小学校・塾に通っているお子さんの情報まで巡り巡って入ってくる状況に、我が家も同様にどこかで話題になっているのだろうな〜と想像がつきましたし、時にはこうした会話の中に、我が家へのちょっとした牽制やジャッジを感じ取り、心がざわついたりモヤモヤすることもありました。

こうした中受に絡んだあれやこれやに疲れを感じたら、私は必ずあることをしていました。
それはラズくんが塾に行っている間近所のカフェで受験解説本を開き、熟読することです。

ペンとノートを持って、マーカーで線を引いたり要点を書き出したりしているうちに、心がリセットされ「感情」によって見えづらくなってきていた本来の目標ややるべき事に、再び照準を合わせることができました。
まさしく「心が整う」という感じで、心地よく気が引き締まり、清々しい気持ちでカフェを出ることができました。

たとえば、「趣味に没入できる時間を作る」とか、「気になるスイーツを食べに行く」とか、「映画を観に行く」とか、いろいろなリフレッシュ方法があるでしょうけれど、私の場合は受験に関係ないもので気分転換するのは無理でした
不器用なので、他のこと(例えば行きたいお店や趣味に関する情報など)を調べたり予約したりなどしているうちに、気持ちが散ってしまって、子供に思うように力を注げなくなる気がして怖かったのです。

多分ですが、趣味や仕事などと家事や子育てを両立することに、とてつもない大変さと苦痛を感じ、実際に他のお母さんがたのようにうまく回せないのと似ているような気がします。

ただでさえ息切れしながら子育てをしていたところに、受験という最重要課題がのしかかってきたのですから、「もう他のことが入り込む余地なんて1ミリもなかった」のが実際かもしれません。

私の場合は、受験以外の全てをバッサリ切り捨てたことで、時間体力気力を温存できました(仕事は当時も一応はしていましたが、可能な限りセーブしていました。)

心折れそうな時、おかしな方向に気持ちが向かってしまいそうな時、いつだって「こんな私」を望ましい方向へ軌道修正してくれる、理性的な言葉が本の中にはありました。
伴走中を通して受験本は「メンタル豆腐な私の、信頼できる心の友」であり続けました。

中学受験 基本のキ! ※私が当時読んでいたのは2016年発売の「新版」です
低学年から始まる受験ロードを俯瞰してみれる一冊です。私は主に、4大塾(SAPIX・日能研・四谷大塚・早稲田アカデミー)比較の部分で参考にさせていただきました。日能研テキストと四シリの違いや、前回の記事で触れました、難関校を目指す場合の道のりについてなどです。
他にも、あの塾に通っているお子さんはこの夏どんなことをしてるのかな? という横軸も、このご本を読めばイメージできます。ご自身とお子さんが歩んでゆく受験ロードを、縦軸と横軸で推し量ることで、現段階にどんなサポートが必要なのかが見えてくると思います。
一方で、規範的で画一的な書き方でもあるなと感じましたので、他の方の情報も取り入れお子さんの様子も見ながら、ガイドラインとして利用されると良いと思います。

中学受験 大逆転の志望校選びと過去問対策 令和最新版
私が当時読んでいたのは2018年発売の「中学受験 大逆転の志望校選び 学校選びと過去問対策の必勝法55」です。 
安浪京子さんのお名前は以前からなんとなく存じておりましたが、6年生の夏に中学受験カフェを知り、このご本とともに直前期に大変お世話になりました。
過去の記事でも触れていますが、我が家はきょうこ先生の過去問対策を、端折ることなく忠実に取り組もうと決めて10回分きっちりと行いました。正直とても大変でした。特に親子で取り組んだ算数の過去問分析は3時間以上かかり終わったころにはヘトヘトでした。
ですが息子が合格できたのは、最後の最後にきょうこ先生の過去問対策に出会えたからだと確信しています。志望校対策に不安がある方にはぜひとも一読をおすすめします。

「灘→東大理III」3兄弟の母が教える中学受験勉強法
佐藤ママこと佐藤亮子さんのサポートに影響を受けて、我が家でもいくつか取り入れていたことは、過去の記事で何度か触れています。
これまで佐藤さんには『教育ママ』というイメージしかありませんでしたが、私はこちらのご本を読んで全く別の印象を持ちました。
語弊があるかもしれませんが佐藤さんのサポートからは合理的配慮に通じる精神を感じたこと、(小学生という未成熟で体力がない子供と、片や中学受験、中でも最難関という高すぎる山とのギャップを親の渾身のサポートで埋めるという点)
またお子さん一人一人が必要としているサポートを見極め、正論にとらわれず迷いなくそれを与えていく姿勢にも勝手にシンパシーを感じました。
取り入れたと言うにはおこがましいくらいのゆるさでしたが、佐藤さんの潔さも含めて影響を受けた一冊でした。

タイトルにお借りした「孤独に歩め 悪をなさず 求めるところは少なく 林の中の象のように」という一節は有名なブッダの経典からの抜粋ですが、私も恐らく多くの方と同じように、押井守監督の「イノセンス」でこの言葉を知りました。

前後の文章には「愚か者を伴侶にする位ならば一人で歩め」という意味の文言があるようですが、そうした意図は特になく、
「求めるところ少なく」という言葉がつい欲をかいてしまう自分の戒めとなり、映像としてパッと思い浮かべやすい「林の中の象」という言葉が、「やるべきことを粛々とこなしたい」という当時の理想の状態にうまくマッチしていたので、特にコロナ禍以降に何度となく思い返した言葉でした

当時、「突如ぽっかり空いた時間」、そして「マスクだ備蓄だという混乱」に、私は何か背中のあたりが寒くなるような、ただならぬ気配を感じていました。この混乱の下で受験生たちの間に大きな差が開き始めるのではないかということでした。

「近くの大学病院でコロナ患者を受け入れ始めたらしい」「学校で●人の感染者が出たらしい」から始まり、そのうち「9月が新学期になるかも」「そしたら入試なくなるかな?」などのメールがママ友さんとの間で飛び交うなかで(受験生の親は気になりましたよね、その辺のニュース)
私はひたすらに「2月1日」の我が子と自分の姿、志望校の校門の前で自分はどんな精神状態でいるのかを、意識的に想像しようとしていました
できるだけリアルに、気持ちが緩みそうになるたびに、何度も想像しました
入試対策が仕上がっていない状態のラズくんを送り出す自分、校門をくぐるラズくんの不安そうな顔を想像すると、胸が締め付けられるように苦しくなり、現実に引き戻されました。
(まだこのころの私は、2月1日は絶対に”仕上げた”状態で送り出す!と息巻いていました😅)

世の中の混乱から身を引いて「我が家」という山に籠ってひたすら我が道を歩んでいた当時の私は、まさに「孤独に歩め」状態、スタンドアローンだったことを思い出したのです。

こうしたスタンドアローン状態は、心持ち次第でいつでも作り出せると思います。
過去のブログで、受験を「お産と似ていた」と書いた私ですが、
お産にも「プラン」というものがあるのだと、出産時産院の先生のお仕事ぶりを見ていて気づきました。

ラズくんの出産で、夫は立ち合いを希望していました。ですがいざ生まれるという時に、呼び出してもなかなか夫は現れてくれませんでした。
気が動転して、なぜかおにぎりを握っていたのだそうです。
出産の合間に食べるつもりだったのかな……謎ですが。

「まだこないの?」「家から30分って言ってたよね?」「道混んでるのかな」などというお医者様と助産師さんのやりとりが漏れ聞こえてきて、陣痛といきみ感を逃すことに必死だった私は、夫が来るまでお産を遅らせてくれているのだと気がつきました。
お陰で夫は立ち会うことができ、紫色だったラズくんはすぐに元気に泣き、夫の手により臍の緒カットの儀もつつがなく執り行われました。
「夫婦の希望するお産」に近づけようと尽力してくださった、長年の経験に裏打ちされたお医者様の技術とサポート力に、しみじみと感動してしまいました。

お産というのは、一生に一回しかない、家族の大切なイベントでもあったのだ。

夫が居ようが居まいがもうどうでもいいから終わらせて! と、最中は陣痛の辛さでいっぱいだった私でしたが、出産が終わって冷静になった頭で、そうした新たな側面にも気がつきました。
もちろん、何があるのか分からないのがお産です。
我が家も夫が出勤中でしたら立ち会えなかったでしょうし、計画通りにいかないパターンなどいくらでも想像できる中で、お医者様の力添えと無事に生まれてきてくれた幸運には、ただ感謝をするばかりです。

お子さんにとって一生に一回きりの大切なイベントという点において、中学受験も似ています。
何が起きるか分からないし、思う通りにいかないことがある点も共通しています。
思い通りにいかなくてもある程度は納得のいく受験にしていくために、親は舵取りをしていく冷静さを、気持ちのどこかで保っていく必要があるのだと感じました。

1月31日の晩、私は2年半もの間にラズくんに言ってしまった数々の言葉、取ってしまった行動を思い出しては涙とともに懺悔しました。
結果が出るまで、とても怖かったです。
ですがどんな結果になっても受け入れられるような気も、どこかでしていました。
「結果なんてどうでもいい」とまでは行きませんでしたけれど「どんな結果でも受け入れられる」という境地が私にも訪れたのです。
「結果良ければ全て良しでしょ」と言われてしまえば返す言葉がありませんし、ごめんなさい、確かにどこまでいっても想像の域を出られはしないのですけれど。

ですが、その翌日、2月1日の深夜に、算数の問題用紙に残されたラズくんの一生懸命解いた痕跡を辿りながら独り自己採点していた私は、「さすがに他教科で挽回するのは厳しいだろうな」という採点結果を前に泣き崩れながら、一方ではそう思えたことも本当なのです。我が家はやれるだけやったのだと。
(第二志望の合格をいただいていたので、不合格でももう一度チャンスはありましたが、御三家残念だったお子さんが集中する二日目入試には過度な期待は抱いていませんでした)

親子で納得のいく受験に近づけるには、親のメンタルがとても重要だと想像しますし、そもそも「親の立場から思う納得のいく受験とはどういうものか」というプランを立てることすら、心が不安定な状態ではままならないことを、過去の自分の経験から感じました

ママ友さんやSNSからは様々な有益な情報や、あたたかい声掛けや楽しいひとときが得られるでしょう。
ですが世の中の動乱や外部からの刺激の大波に飲み込まれ、いつのまにか大切な「一度きりしか通れない道」を踏み外さないためにも。
心の中に孤独という名の「聖域」を作り守っていくこと
メンタル豆腐な私が自分を守るためにしていたことですが、これが最も効果的だったな、と当時の体験を振り返りながら書かせていただきました。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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